「ぽいち」ことオリンピックサッカー日本代表 森保一監督は人格者だ。

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こんにちは。

サッカー少年のきたしょー(@KitamuraShohei)です。

 

つい先日、森保一さんの「2020年東京オリンピックサッカー日本代表(U-23)監督就任祝賀会」に参加してきました。

 

森保一さんと言えば、元サンフレッチェ広島の監督にして、現オリンピックサッカー日本代表監督であり、さらにはサッカー日本代表監督にもなった、いまサッカー界で一番熱い男です。

 

今回は祝賀会の前に行われた講演会で森保一さんから良い話が聞けましたのでシェアしたいと思います。

オリンピックサッカー日本代表監督の森保一さんってだれ?

1:森保一さんのプロフィール

森保一さんの簡単なプロフィールをご紹介します。

森保 一(もりやす はじめ、1968年8月23日 – )は、日本の元サッカー選手(MF)、指導者(JFA 公認S級コーチ)。出身地は長崎県長崎市。長崎日本大学高等学校卒業。元サッカー日本代表。U-23サッカー日本代表監督。

引用:wikipedia – 森保一

 

ぼくと一緒で長崎育ちですね。

小学校5年生からサッカーを始めて、なんとキーパーで全日本少年サッカー大会に出場してます。

高校は国見高校からの誘いを断り、長崎日大高校に進学。

その後、当時日本サッカーリーグのマツダに入団し、後の日本代表監督ハンスオフト氏に見出されプロサッカー選手としての階段を駆け上がっていきました。

 

2:森保一さんのあだ名は「ぽいち」

完全に余談ではありますが、森保一さんは高校時代にサッカーの公式記録などで「森 保一(もり ぽいち)」と勘違いされることが多かったらしく、あだ名が「ぽいち」だったそうです。

 

3:ラモス瑠偉氏らとドーハの悲劇を経験

森保一さんは現役時代、日本代表で活躍しあの有名なドーハの悲劇を経験しています。

当時のサッカー日本代表監督がマツダ時代の恩師ハンスオフト氏だったということもあり、まだ無名選手だった彼がサプライズで日本代表に選出されたという経緯があります。

 

4:サンフレッチェ広島で3度のJリーグ優勝を果たす

現役引退後、サンフレッチェ広島の監督として4年で3度のJリーグ優勝を果たしています。

Jリーグ3連覇は日本人監督として初の快挙です。本当にすごい!!!

 

5:2020年東京オリンピックサッカー日本代表(U-23)監督に就任

サンフレッチェ広島時代の実績を買われ、東京オリンピックサッカー日本代表(U-23)監督に就任しました。

こちらはオリンピックサッカー日本代表監督の就任会見の様子です。

 

6:ロシアW杯後のサッカー日本代表監督に就任決定

ロシアW杯ベスト16で幕を閉じたサッカー日本代表は西野監督が退任を表明。

次の監督として、なんと森保一さんが正式就任しました。

ぜひサッカー日本代表監督としてバリバリ活躍して欲しいものです。

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オリンピックサッカー日本代表 森保一監督の講演会について

それでは、森保一さんの講演会の中からタメになったこと3つお伝えします。

1:日本代表監督とJクラブのプレッシャーは変わらない

日本代表監督ともなるとぼくたちでは想像もできないようなプレッシャーがあると思います。

 

日本代表監督のプレッシャーについては森保一さんはこのように語ってました。

プレッシャーは日本代表監督であろうが、クラブ監督であろうが変わりません。お客さんが1人でも5万人でも期待に応えなければならないプレッシャーは一緒です。

プレッシャーや不安を搔き消すために必死に努力することが大事なんです。そもそも、なにをしようが不安というものはなくなりませんからね。

 

さすがの一言に尽きます。

日頃から凄まじいプレッシャーと戦っているのでしょうね。

 

ここでぼくが注目したのは「なにをしようが不安はなくならない」というコメント。

「不安はなくならない」というのは、サッカーだけでなく人生でも一緒ですよね。

やりたいことはあるけど、失敗したらどうしようという不安もある。

逆に、やりたいことはないけど、このままでいいのかなという不安もありますよね。

 

結局、どこでなにをしようが不安は一生付きまとうもの

だから、大事なのは不安との向き合い方です。

絶対勝たなければならないというプレッシャーとどう向き合うか?オリンピックで実績を上げなければならないというプレッシャーとどう向き合うのか?

どうやって不安と付き合っていくかが重要なのです。

 

2:大事なのは自分で考えて行動すること

森保一さんが中学生の頃に所属していたサッカーチームにはコーチや監督がいませんでした。

練習場もサッカーコートの4分の1のサイズでスライディングしたら血だらけになるような砂利のコート。

ゴールやビブスもなかったため、コーンをゴールに見立ててミニゲームを行ったり、チームを見分けるために片方のチームが上着を脱いでビブス代わりにして練習していたそうです。

 

彼は「この環境のお陰で自分で考える力が身に付きサッカーがどんどん上手くなっていった」と話していました。

 

彼の良さはこの劣悪な環境があったからこそ「自分で考える力」が身に付いたと捉えるポジティブさだと思います。

普通の人だったら周りの環境のせいにしてしまうじゃないですか。

「あのときあれがああだったから、ダメだったんだよ〜」とか。

 

でも、彼は違います。

彼はどんな環境であろうが、いまおかれている状況に感謝をして、前向きに取り組むことができる人です。

 

ここで重要なのが「自分で考える力」です。

 

日本は世界トップレベルで環境が整っている国。

学校を卒業したら就職して結婚し家を建てるというレールが敷かれていて、そのレールに乗ってしまえばある程度幸せに生きていけます。

言い方を変えると、生きていくために自分で考える必要のない国でもあるんですよね。

そのせいか、「自分の人生をどうしたいのか?」という人生で一番大事なところを考えている人が少ないと感じます。

 

どうやったら彼のように自分で考えて行動できるようになるのでしょうか?

 

それは乗り越えるべき課題が出てきたときに逃げずに自分と向き合い、解決策を自分なりに探して試行錯誤することです。

 

日本はあまりにも環境が整い過ぎてるんですよね。

課題が出てきたときは親に聞いたり、コーチに聞いたりすれば答えを簡単に教えてもらえると思います。

ですが、それではいつまで経っても自分で考える力は身につきません。

「どうやったらいいんだろう?」とまずは自分なりに課題に対する答えを考えてから「これでどうかな〜」と実践してみることが大事なんです。

 

3:成功する人はコツコツと努力できる人

森保一さんがサンフレッチェ広島でJリーグ3連覇をした要因を聞かれてこのように答えています。

 

「当たり前のことを当たり前にやっただけです」

 

そして、成功へのポイントはなんですか?と聞かれて、

 

「地道なことをいかにコツコツと努力できるか」

 

さらにこう続けました。

 

目標を達成するために努力をするのは大事だが、いまの自分の現在地を理解し課題を把握したうえで適切な努力を行うことが一番大事です。

 

たしかに、努力が美徳とされている日本では時間をかけて一生懸命努力している人が評価される傾向にありますよね。

彼が言いたいのは、努力の量よりも自分にとって本当に適切なのかという努力の質の部分が一番大事だということ。

努力の仕方が間違っていると目標に向かって真っ直ぐ進まないので、成長スピードがどうしても遅くなってしまうんですよね。

 

いまの自分の現在地を把握して目標を達成するためにはどういう努力をするのが一番良いのかを考えながら努力することが重要だということです。

 

森保一さんの振る舞いはまさに人格者だった

今回の祝賀会と講演会で一番印象的だったのは、森保一さんは2時間にも及ぶ祝賀会の間ずっと参加者の方と写真を撮ってサインをしていたということでした。

終始ファンサービスをしていたにも関わらず、嫌な顔は一切なくいつもニコニコしていたんです。

結局、食事もほとんど手をつけることなく、彼のための祝賀会なのに、一番忙しそうにしてたのは彼自身でした。

 

普通の人だったら、せっかくの祝賀会なのに食事さえとれないとイライラしたり、たまに疲れている顔を見せたりするかもしれません。

でも、彼はそのような素振りを一切見せずに終始笑顔で対応していました。

 

彼のような姿勢がまさにプロフェッショナルであり人格者なんだと感銘を受けました。

 

これから日本代表監督としてのご活躍を祈念しております!!!

がんばれ、森保さん!!!

 

森保一さんの書籍一覧

1:プロサッカー監督の仕事 非カリスマ型マネジメントの極意

2:一流(はじめりゅう)

3:ぽいち

 

プロサッカー選手を目指していたぼくのプロフィールはこちらです。

元銀行員きたしょーのプロフィール!ぼくがあなたの背中を押します!

2018.02.10

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ABOUTこの記事をかいた人

元銀行員ブロガー。月間1万人に読まれる当ブログ《きたらいふ》を運営している27歳。当ブログのメインジャンルは「ブログ・お金・働き方」の3つで「ぼくがあなたの背中を押します」をテーマにほぼ毎日更新中。これからの人生についてハゲるほど悩んだ挙句、愛車ハリアーを売って丸5年勤めた銀行を辞めました。現在はブロガーとして活動しています。純広告募集中!趣味は応援。